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podcast版 週末シネマ ”今週の彩る5曲”
podcast版 週末シネマ ”今週の彩る5曲” 別館
奇跡の原点回帰。今なお語り継がれる名作
本作品、公開当時、自分は全く期待もしていなかった。
なんなら鑑賞したのは、中村主水を一区切りさせた劇場版 6本目 主水死す 以降でした。
それはなぜか?
当時すでTV版 必殺仕事人の人気は下降気味。
時事ネタを取り入れたコミカルな作風、物語のマンネリズムが多くの視聴者を離脱させ、”闇の恐さ””ダークヒーローの悲哀”が消え失せた仕事人にどんどん冷めていく自分を感じていました。
劇場版もまたしかり。
1作目は必殺仕事人としては初の劇場版。お祭りということもあり、バラエティー豊かな出演者、作風も良かったのでしょうが、2作目になるとタイトル”ブラウン館の怪物たち”とあるように、当時テレビで活躍していたタレントさんたちを怪物に比喩し、人気だった映画のパロディーをふんだんに取り入れたバラエティー路線の作品に仕上がった。
今見返すと、それなりに良い演出もあるのですが(屋敷の住人が死んでいくところなど)当時の私の中で、これはもう仕事人ではなくなっていました。
おそらく当時ここに 知らぬ顔の半兵衛 や 棺桶屋の錠 念仏の鉄 等の往年の仕事人がが復活していれば 嬉々として観たでしょう。なぜならそれこそが仕事人シリーズの本流であると思っていたからです。
そして本作のキャスティングを観たときに、
「あの頃のヒリヒリした作品には戻れないんだな」と諦めました。
が、しかし。
その本流と思わせるキャラクターの登用がなくとも、なんなら最低限の仕事人の数で、本作”裏か表か”で見事に必殺の魂を蘇らせています。
前作までのバラエティー路線、TV版のコミカルさは徹底的に排除され、劇場版 THE必殺 初期の必殺シリーズから脚本を手掛ける野上龍雄氏の起用により、重厚かつハードボイルドな作風、飄々とした中村主水が帰って参りました。
そして中村主水そのもののクオリティーで勝負しております。
野上氏を起用したからと言って過去の必殺をそのまま引きずり出してきたわけでもなく、時事ネタを絡め、当時は観たことのない新たな仕事人の世界が観られたような気がしました。
おそらく多くのフアンの方がそう思われたでしょう、本作は劇場版の中でも屈指の人気を誇っています。
当時、中学生だった私にそれ相応の知識があれば、希望を持って本作をリアルタイムで見ることが出来たでしょう。スクリーンで観られなかったのが今思うと残念でしかたありません。
単なるピカレスク作品にとどまることのない本作。映し出される中村主水。
それは果たして裏の顔 仕事人 中村主水か?表の顔 昼行灯 同心 中村主水か?

【四面楚歌と無機質が生み出す新たな必殺物語】
必殺シリーズ作品の大きな特徴の1つでもある、江戸時代という時代背景を借りての現代社会への激しい風刺。
本作品公開時は1986年。日本がバブル景気に突入する直前、日本経済拡大期の到来で浮き足立つ日本。
それ以降、日本は本格的にバブルに突入し、人々は金に振り回されていく。
それを予見するかのように、金に魅入られ、金に振り回される 江戸の人々を描き、人として歯車が狂っていく社会を描くことで現代社会を風刺した。
それでも、本作は華やかなバブル景気を描くことはなく、金に魅入られておかしくなっていく人々を描くのだが、華やかさが無い分、妙なリアルさが作品全体に不穏な雰囲気を醸し出している。
今回の物語、事の起こりは、おしのというある町民が両替商・桝屋に預けていた20両の利息の取り立てを主水に依頼したことから始まる。
金が天下を回していると信じて疑わない桝屋仙右衛門、主水が取り立てに来た金など些細なもの、ぞんざいな扱いでけんもほろろ追い返される。

ここから両替商組合の真砂屋も絡み、両替商の権力、御上との癒着、を背景に中村主水はどんどん追い詰められていく。

と、ざっと書いたあらすじだけでも当時のシリーズ作風とも、過去の作風とも一味違う感じがわかっていただけると思います。
とにかく救いがない。光明が見いだせない。
窮地に立たされ、本来隠れ蓑として身を置ける本業の奉行所ですら、直接的ではない力で主水を亡き者にしようと手を回してくる。
まさに四面楚歌。どんどんと追い詰められていく展開は背筋が凍る思いで一縷の望みすら抱けない。
普通であれば仕事料を徴収したうえで、標的を的にかける。それが今回は仕事ではない。なし崩し的にトラブルに巻き込まれていく。
ざっと視認出来,倒すべき敵と呼べるようなターゲットは桝屋仙右衛門、真砂屋徳次の2人。
この2人、誰かに依頼された的ではない。逆にこの2人に的にされているのが主水自身である。
それでもこの2人よりも、やはりそことつながっている奉行所の面々の大きすぎる力に恐怖を感じる。
どれだけ足掻こうとも、組織の力で握りつぶされる恐怖。これは現代を生きる私たちにとっても、決して他人事ではない「権力」の怖さそのものだ。
そして何よりも、全体に漂う不穏な空気が不気味だ。恐らくその不穏な空気の正体は”無機質”だと思う。金に魅入られた側の人達が対峙しているのは人ではなく、その人の先にある金なのである。
今までになかったような物語の展開に引き込まれること間違いなし。まさに野上脚本、必殺愛の爆発といったところ。
四面楚歌で窮地に立たされた主水が魅せた必殺物語の新たな一面。主水の向かう先は何処か
【逆境に魅せる男の姿】
窮地に追い込まれてからの逆転劇。ヒーローもののお決まりの展開と言っていい。
しかし、本作の主人公 中村主水に今回 逆転劇はない。
それでも逆境の中しっかりと男の姿を魅せてくれる。本作の見どころの一つであり、私の中では一番好きなシーンである
仲間である同心 清原の不審死、おしのからの利息取り立ての依頼、桝屋で働いていた彦松一家の心中 と、因縁浅からずの桝屋仙右衛門と主水。
しつこい主水に仙右衛門は両替商組合の肝煎り 真砂屋徳次に助けを求める。
真砂屋徳次は主水を力ではなく社会的に抹殺すべく、主水のもとに美人局のおゆみを送り込む。
おゆみは主水との関係の末、自害。という筋書きで予定通り真砂屋に殺される。
この一件で御上に呼び出される主水だが、これは計略だと抗う。すると
騙す騙さぬは問題ではない
まして事は当奉行所の名誉、ひいては御上の威信に関わること。
それ故、尋常な処分では許されんぞ
軽輩とは言え、中村とて武士であろう
真偽よりも組織のメンツという理不尽を切り札に
脇差をそっと主水に差し出す…
ここで主水のアップになるのですが、疑問、怒り、脅威の入り混じった表情。

タイトルが示す通り、この主水の表情は裏か表か?名優 藤田まこと渾身の演技。
そして静かに力強く
田中様、断っておきますが私はこんな事では腹は切りませんよ
と、主水がはっきりと決意を表明します。
このシーンは引きでの撮影。同心田中と主水の2ショットで、2人の立ち位置から出来る”空間の妙”が主水の決意を静謐という形で表現する。職人芸としか言いようのない構図。

主水の台詞、構図、そこに仕置人のメインテーマが絡まり極上のシーンが生まれている
この主水の決意を聞いて、無言で立ち去る田中様の表情も絶妙。
解釈は色々とあると思いますが、私には 普段のだらしがない部下を叱責する田中様ではなく、すべてを分かったうえでも助けてあげられないもどかしさ。と感じましたが、皆様いかがでしょうか?
普段はオネェキャラ的立ち位置の田中様。去り際に男らしい凛々しさを感じたのは私だけではないはず
一人残された主水は 足を崩し思案顔。そしてそっと差し出された脇差を遠ざける。
この脇差を遠ざけるといった静かな動作。 お前たちの思い通りにはならない、泥水をすすっても生き抜いてやる という主水からの 宣戦布告である。
四面楚歌の状況に追い込まれた逆境の中でも、確固たる決意を表明できる男としての強さ。
日々サラリーマンとして暮らしている自分にとって、逆境においてもなお”自分の魂までは売り渡さない”と自分を貫ける中村主水は、泥臭くも最高にかっこいいヒーローでありいつまでも理想を追いかけてしてしまう。
なかなか簡単にはいきませんが

【かっこわるいことはなんてかっこいいんだろう】
この見出しタイトルをごらんになってお気づきかたも見えると思いますが、これは早川義夫氏のアルバム かっこいいことはなんてかっこわるいんだろう をもじったものです。
御本人は2011年のxではかっこいいことはかっこよくて、かっこわるいことはかっこわるいと思ってますよと投稿されておりますが、あえてここで私は完成されたものへのアンチテーゼとしてこの表現を使わさせていただきました。
必殺シリーズの魅力の一つに殺しのスタイリッシュさがあると思います。主水が的の今際の際にかける一言なんかは本当にかっこいいですよね。
中村主水においては騙し討ちが多いためか、大きな殺陣も少なく、極めてクールかつ冷淡に仕留めます。
それが本作では、とにかく様にならない
弱い、しゃかりき、涙もろい そう、カッコ悪いのである。TV版でも、裏の顔の対比としてカッコ悪い描写はあるものの、それはあくまで対比のため。
些細なことでトラブルに巻き込まれ、逃れられない歯車の一部として組み込まれていく主水。
立ち向かう相手は巨大で、大雑把に言ってしまえば”システム”そのもの。
そうなれば当然、差し向けられる手も複雑かつ巧妙そして圧倒的な物量となる。
勝てるわけがない。
桝屋仙右衛門と悶着があり、プライドを傷つけられた仙右衛門は密かに主水に刺客を差し向ける。
こういったシュチュエーションは度々ありますが、今回は趣向が違います。
刺客からの危機は逃れるものの はぐれ仕事人”壱”の助けがあってからくも掴めた勝利。しかも刺客との立ち回りの時、主水は草鞋を脱ぐといった切羽詰まった状況にまで追い込まれる
(草鞋を脱ぐことによって気配を消す。そこまで余裕がなかったということ)
いつもの主水ならあっという間に切り捨ててるはず。
美人局の一件の後、汚名返上の名目で狼藉者が立てこもる所へ、切り込み隊長として単身放り込まれる主水。3人と報告されていた狼藉者は5人。多勢に無勢である。
足を負傷しながらなんとか凌ぐも、戻る姿は痛々しく足取りもおぼつかない。
助けに来るはずの仲間たちも、主水を見守るだけ…
おそらく主水もこれが公の処刑であることには気づいているはず
「俺はこんな事じゃ死なねぇよ…」
こういった、危機的状況で自分を鼓舞するためにつぶやかれる台詞は今までにもありましたが、今回に限っては本当に自信なさげなで悲しげな表情。薄ら笑いにも全く余裕がない。

さらに、自害だと思われていたおゆみ。実は自害ではなく殺害されていたと判明。
おゆみを殺害した下手人と対峙した際、常に殺しの際にもクールで私情を持ち込まない主水が、震えながらの涙声で「おめぇがあの娘を塔から突き落としたのか」と、問います。
それだけは言えない、言えば自分が殺される。と男は答えます。返答で黒幕は桝屋仙右衛門だとわかった主水は
「ちきしょう…あの野郎」
涙ながらにつぶやき、自分の感情だけで男を匕首で刺し殺します。
いままでこんなにかっこわるい主水は見たことがない。必死で、弱くて、涙もろい。
極めつけはラスト、真砂屋徳次を追い詰めるシーン。
圧倒的物量に苦戦しながらも、組紐屋の竜、はぐれ仕事人“壱”“参”の犠牲を出しながらも本丸は目前。そこにる主水は髪を振り乱し、汗まみれ、息も切れ切れ。まさに満身創痍。

残るは敵は真砂屋徳次
渾身の力で襖を開けるとそこには息絶えた徳次の姿が…
手にかけたのは先代両替商組合肝煎りの娘 おこう。桝屋に殺された清原の嫁である。
両替商組合肝煎り 真砂屋徳次が亡くなった今、私が両替商組合肝煎りの後を継ぐと。
主水はおこうに「なぜ徳次を殺した」と訪ねる。
「夫であった清原には生前何もしてあげなかった。死んだ後にしてあげられたことなんてこんなことぐらい」
「私はこれでも人殺しですか、怖い女ですか」
と、答えるおこう

恐らく普通の主水であればここでバッサリおこうを切り捨てていたと思う。が、主水はこの答えに茫然自失。
満身創痍、たくさんの犠牲が出たにもかかわらず、ついに本丸に手を下すことが出来なかった。
このおこうがつけた決着にて物語は幕を閉じる…
あれ、おかしい…
かっこわるいのはずなのに
かっこいい
それはなぜか?
それはおそらく作られたヒーローとしての中村主水ではなく、人間としての中村主水が描かれたからではないだろうか。
昼行灯同心としての表の顔、仕事人としての裏の顔。
シリーズが進むにつれ裏と表の乖離が大きくなりすぎ、完全無欠のヒーローになってしまったんでしょうね。結果、物語のみならず中村主水の存在自体がマンネリ化してしまった。
そこで再び主水を普通の人間へと引き戻した本作、まさしく裏か表かなのである。
表の顔と裏の顔の乖離が極めて小さいため、どちらが裏で表なのかわからない…本当に秀逸なタイトルだと思います。
原点回帰を軸に原点とは違った表情も魅せてくれた主水。これは中村主水による中村主水の為の映画だったのでしょう
人間として描かれた主水は通じ合える感じがする。
平たく言ってしまえば感情移入なのだけど、またそれとも違うような気もする。
ヒーローを遠くから眺める一方通行的な想いではなく、喜怒哀楽を同じ物差しで感じられるそんな感覚。
そういう意味では本来の中村主水のイメージとはかけ離れていくのかもしれないが、本作の中村主水、人間味があって大好きである。
かっこわるいことはなんてかっこいいんだろう!

今回は割愛しましたが、中村主水の魅力が遺憾無く発揮されたのも、脇を固めた名優たちの力があってとのことだ。また機会があれば怪演を見せてくれた伊武雅刀氏、成田三樹夫氏、岸部一徳氏についてもお話したい
監督 工藤栄一
公開 1986年
上演時間 126分
中村主水 藤田まこと
鍛冶屋の政 村上弘明
組紐屋の竜 京本政樹
飾り職人の秀 三田村邦彦
壱 柴俊夫
参 笑福亭鶴瓶
桝屋仙右衛門 成田三樹夫
真砂屋徳次 伊武雅刀
おこう 松坂慶子
清原 川谷拓三
彦松 岸部一徳



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